人気ブログランキング |

 とにかく暑い。それにすごい砂ぼこり。のどはカラカラで体中のいたるところから汗がダラダラと流れ出てくる。ブルキナファソは、西アフリカの内陸部にある共和制の国。南部は、コートジボアール、ガーナ、トーゴ、ベナンという海に面した4つの国と国境を隔て、北部は、準砂漠地帯(サヘル地帯)のマリとニジェールの2カ国に接している。日本の国土の4分の3ほどの広さを有するこの国は、北へ行くほど乾燥の度合いが増す。雨期と乾期がはっきりと別れており、6月から9月までの間に大量の雨が降って作物が育ち、それ以外の時期はカラカラに乾燥した日々が続く。1〜2月頃は、砂漠の砂が風で舞い上がることにより昼間でも空が薄曇りのようになって、“満月のような太陽”が照るハルマタンのシーズン。筆者が訪れた3〜4月は年間を通して最も暑い時期だった。公用語はフランス語。ブルキナ国内には、モシ語、ジュラ語など約20の部族語があるが、識字を持つ部族語は6つしかない。国民の多くは古くから現地に伝わるアフリカ旧教を信仰するが、モスレム教が3割程度、キリスト教も1割ほど信者がいる。首都はワガドゥグ。
 ブルキナファソの音楽についての話題を第16回の“音楽編”に記したので、今回は現地の人々の生活の様子を中心に紹介してみたい。
c0182910_213060.jpg
マンゴーの木が強い日差しを遮ってくれる。炎天下、ものを頭に乗せて歩くのは“一石二鳥”。

「ジャズの根源、ディープ・ウエスト・アフリカ〜生活編」本文を読む >>
by ReijiMaruyama | 2009-01-10 20:20 | Burkina Faso

 「アフリカのリズムを学びたいと思ったら、3ヶ月ぐらいそこに住むのが一番だよ」。以前、リチャード・ボナ(第8回:アフリカン・テイル参照)にインタヴューした時に聞いた言葉がずっと頭から離れなかった。「アフリカに長期滞在してみたいが、そのための予備知識もコネもない。さてどうしたものか……」。そんな時、運命の巡り合わせとは面白いもので、アフリカにコネクションを持つドイツ人カップルと出会い、楽器の買い付けを目的とする彼らのアフリカ行きに同行することができた。訪れたのは、西アフリカ・ブルキナファソの南西部にあるブルキナファソ第二の都市ボボディウラッソ(通称ボボ)である。2002年3月10日から4月10日までの4週間、バラフォンとジャンベ製作者たちの仕事ぶりを間近で見ながら、本物のアフリカン・グルーヴとそのヴァイブレーションに浸った。もう7年近くも前のことだが、このブルキナファソ訪問はいまだに強い印象を残している。今回は、その旅行中に体験した、ボボの音楽と楽器に関係する話題を、その時に撮影した写真を交えてお伝えする。なお、現地滞在中にかいま見た人々の日常生活に関することは、次回“生活編”で紹介したいと思う。
c0182910_19423581.jpg
Miriyagnouma
ボボで活動するバンド“ミリヤグノウマ”のリハーサル風景



ジャズの根源、ディープ・ウエスト・アフリカ体験記~音楽編 >>
by reijimaruyama | 2009-01-05 21:42 | Burkina Faso

 「あのことがなければ現代のような音楽の発展はなかったんじゃないか」という問い方が、カサンドラに対してかなり無骨な言い方であることは承知の上だった。1996年11月30日、デュッセルドルフでコンサート前のカサンドラ・ウイルソンを宿泊先のホテルに訪ねてインタヴューした時のことである。「アフリカの影響こそアメリカの音楽に固有のもの」と言うカサンドラの言葉を受けた筆者は、「あの悲しい歴史を唯一良い方に解釈するとすれば」と断りを入れた上で、あえて黒人奴隷制度にふれた先の質問を投げかけてみた。案の定カサンドラは、それに対してすかさず言い返してきた。「私たちはひどい仕打ちを受けたのよ。私たち黒人の中に重くのしかかっているのは、その暗く痛みに満ちた歴史なの」と。しかし、こちらの言わんとすることもわかってくれたのか、さらに次のような言葉を続けた。
 「でも…、その“痛み”の裏返しによって私たちはこれまで“美”を創造し続けることができたとも言えるわ」。
c0182910_464588.jpg
Cassandra Wilson 2005年7月8日撮影

 いまでこそ名実共にアメリカの女性ジャズ・ヴォーカル界を代表するという地位を得たカサンドラだが、当時はまだ日本でも彼女の人気に火がつきはじめた頃だった。ブルーノートにレーベルを移して発表したアルバム『ブルー・ライト』(93年)に続く新作『ニュー・ムーン・ドーター』(95年)が好評で、そのアルバムで96年度のグラミー賞(ベスト・ジャズ・ヴォーカル・パフォーマンス)を受賞するちょっと前。ツアー中にドイツでテレビのトーク番組に出演するなど積極的なプロモーションを行っていたが、その彼女のインタヴューを取るのはなかなか厳しいとも聞いていた。しかしカサンドラは、この日のスケジュールがタイトになってきているにも関わらず、約束していた予定の時間をオーバーしながらこちらの質問にていねいに答えてくれた。

なぜ、そして何のためにあなたは音楽で表現するのですか?
 「私がなぜ音楽をやってるのかって? それ以外に方法がないからよ(笑)。他にチョイスがなかったの。小さい頃から私の周りに音楽が溢れていて、それは生活の一部だったのよ。クラシックも学んだし、父はギタリストでジャズを愛していた。母はモータウンが大好きで、兄弟はダンスが上手(笑)。私はカントリー、ブルース、フォークとかいろんな音楽を聴いて育ったの。それらひとつひとつのものが集まっていまの私の音楽を形成しているのよ」。
c0182910_4133669.jpg
ライヴでリラックスしてくるとステージの上でかかとがぺたんこのクツを脱ぎ捨てて裸足になる 2003年7月12日撮影

 聴く側だけでなく演奏する者の心も捕らえて離さないジャズの醍醐味は“即興”である。そしてそれは、楽器だけでなく歌についても同じだ。カサンドラもステージでどう歌うかということは前もって決めないという。「単調なのは嫌いなの。大変だけどいつもできるだけフレッシュにやるようにしているわ。昨日何マイルも離れた街の人たちの前でやったことと同じことなんて、やりたくないし出来ない。今夜のコンサートに来る人たちは、昨日コンサートに来た人たちとは違ったムードを持ってくるでしょう。日も違うし、今日は雨も降っているわ。人々のヴァイブレーションや、きめの細かさとか匂いや色といったものには、それぞれの街によって独特のものがあるの。だから私はコンサートの度に街へ出て、そこの人たちから得たムードをその日の歌に反映させるのよ」。

デュッセルドルフの聴衆をがんじがらめにした深みのある歌声
 その夜、カサンドラのライヴをはじめて観た。彼女が登場して歌い出すと、その瞬間にホールの空気が一変。聴衆は息をするのもはばかるようにしてじっと聴き入っている。まるでカサンドラの歌にがんじがらめにされているかのようだ。後にも先にもこのことが一番強く印象に残っている。しかしそんな重苦しい雰囲気の中で、蛇ににらまれたカエルのようにいつまでもじっとしていたら誰だって苦痛だろう。カサンドラもそれを承知しているようで2~3曲歌い終えると、「もうコンバンワってご挨拶したかしら?」などと言いながら笑顔を見せて観客の気持ちを和らげることも忘れていなかった。

c0182910_419422.jpg
このページの写真は、いずれもオランダのノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルに出演した時のステージから この3枚は2002年7月14日撮影c0182910_4252396.jpgc0182910_4255714.jpg
 西アフリカ・ガーナのアシャンティ部族のことわざに「新月(New Moon)は病を治癒する」というのがあるそうだ。自由な発想とその独特の歌唱力により創り出されるカサンドラ・ウイルソンの音楽には、いわゆるヒーリング・ミュージックとはまた違った実に深い空間が存在している。それを一言でいうと、「思いっきり黒っぽい」。そして、それが何年経っても変わらない。彼女のように、自分らしさを追求し、それを前面に押し出した活動を続けるということは、すべてのアーティストが理想とするものであるにちがいない。

トップ・ページ >>
Article Index 記事一覧 >>
by ReijiMaruyama | 2008-06-03 10:23 | Musician / Interview

 アフリカのある国の王様がけらいに言った。「この国で一番腕の立つ音楽家を1人だけ探して連れて来い」。人々は国中を隅から隅まで捜し歩いた末に2人の男を王の前に連れ出した。「この2人は父親とその息子です。どちらも優れた音楽家で甲乙つけがたく、我々には1人だけ選ぶことができませんでした。王様のご判断にお任せいたします」。2人は代わる代わる笛を吹き鳴らし太鼓を叩いて得意の唄を歌った。その演奏を聴き終えた王は、ちゅうちょなく父親の方を最も優れた演奏家として召し抱えた。「王様、なぜ父親の方が優れていたのでしょう。私どもにはわかりません」。けらいたちが尋ねると王は言った。「演奏する2人の姿をしかと見たか。息子は汗だくだったが、父の方は涼しい顔でやっていたではないか」。
c0182910_12245224.jpg
Richard Bona
2008年4月11日、春のヨーロッパをツアー中のリチャード・ボナ(b,vo)をドイツ・ルール工業地帯の街ドルトムントで撮影。

Richard Bona Live in Dortmund 2008.04.11 at domicil
 フェミ・クティは舞台の上で上半身裸になって汗まみれ。ステージ衣装がスーツにネクタイというメイシオ・パーカーも演奏中はいつも汗びっしょりだ。ジャズ史に巨大な足跡を残したサックス・ジャイアント、ジョン・コルトレーンもしかりで、コルトレーン以下バンドのメンバー全員が体から湯気が立つほど汗をかいている生前のライヴ映像が残っている。だから「良い演奏家=汗をかかない」とは一概に言えないかもしれないが、今回ここに登場するリチャード・ボナは、ものすごいプレイを汗ひとつかかずに楽々とこなす、まさに「国王好み」のミュージシャンである。
 1999年5月13日にドイツのレヴァークーセンでボナにはじめて会ってインタヴューした時、「ベースを弾くのにマッチョである必要はまったくない」とボナは言っていた。音楽は、“力まかせ”だったり“苦労”や“苦痛”を伴ってやるようなものではない、という考え方なのだ。

 さて、ドルトムントで観たボナの最新ライヴは、キャパ400人ぐらいのオール・スタンディングのホールに満員の観客を集めて行われた。
 ボナ・バンドは、ボナを含めて6人編成だが、この日はパーカッションのサミュエル・トレスが欠けていた。ボナのツアー・マネージャーによると、トレスを含むボナ一行は4月7日にハンガリーでのライヴを無事に終えたが、同国出国の際にトレスのビザ(査証)だけがその1日前に切れていた事が発覚、トレスはそのまま当地で1週間の足止めを食らっており、彼が再びツアーに合流するまでドイツとスロバキアの計4回のライヴをトレス抜きのメンバー5人(エティエンヌ・スタッドウィック/kb、テイラー・ハスキンス/tp、アーネスト・シンプソン/ds、アダム・ストーラー/g、ボナ)で行うということだった。ドルトムントのライヴは、トレスのラテン・グルーヴを欠きながらも、ボナがいつも通りのハイ・グレードなステージを展開して2曲のアンコール(最後は今回のツアーで初登場したノリの良いアフリカン・ポップ風の新曲)を含む2時間あまりの熱演を観せ、それを受けた聴衆も大合唱で歌い踊り大いに盛り上がっていた。
 この日のコンサートを主催したのは、ボナと同じアフリカ・カメルーン出身のCEOが経営するドルトムントのイヴェント会社だ。そのためか会場内にはドイツ人に混じってカメルーン人とおぼしき観客も数多く見受けられた。ボナは、ステージの上では母国語のドゥアラ語やフランス語で大声援を浴び、ライヴ後の楽屋では主催者が用意した手作りのカメルーン料理に舌鼓を打って、終始ご機嫌の笑顔を見せていた。そんな同国人の温かい後ろ盾を得たボナが、この日のライヴで本領を十二分に発揮したのはしごく当然のことだったのかもしれない。

c0182910_12384524.jpg ボナ・バンドの新しいギタリスト、アダム・ストーラーは、ボナが以前NY大学でレッスンをつけていたボナの教え子。昨年秋のヨーロッパ・ツアーからボナ・バンドに参加している。
 師は、この日のステージでも愛弟子に温かいまなざしを送り続けていた!

ボナの新作ライヴ・アルバム "Bona Makes You Sweat"
 これまでボナのライヴを何度も観てきたが、ボナの躍動感に溢れたグルーヴを会場で受け止めていると、いつもじっとしていられず体が自然と熱くなって、気がつくと汗まみれの自分がそこにいる。先月発売されたボナの新作は、ボナ5作目にしてベース・ファン待望のライヴ盤となった。アルバム・タイトル(原題:Bona Makes You Sweat)が示す通り、たっぷり汗をかかせてくれるボナ・ライヴの興奮がしっかりと詰め込まれたボナ会心の作である。ちなみにこのアルバムの邦題は『リチャード・ボナ/ライヴ』。ハンガリーのブダペストで録音されたこのアルバムは、ベース・ファンのみならず、すべての音楽ファンにお薦めしたい。
c0182910_12495293.jpg
 これは2006年11月19日にベルギーのブリュッセルで行われたライヴのショット。ボナの新作ライヴ・アルバムの裏ジャケットに使われている。ちなみに、このCDには他のフォトグラファーが別の日に別の場所で撮影した写真も使われている。筆者のカメラによるものはこれ1点のみである。

トップ・ページ >>
Article Index 記事一覧 >>
by ReijiMaruyama | 2008-04-19 05:28 | Musician / Interview

第7回:本家本元

c0182910_11342073.jpg アフロ・ビートの元祖といわれるフェラ・クティ(1997年没)を父に持つフェミ・クティ。父の没後10年という区切りの年となった昨年も夏のヨーロッパ・ツアーを行ったが、これまでにも父の残した遺産を引き継いで各地でアフロ・ビートの嵐を巻き起こす精力的な活動を続けてきている。






Femi Kuti




2003年7月11日、オランダで行われたフェミ・クティのライヴ


c0182910_11444443.jpg
     激しいライヴで水分補給は重要!  得意の循環呼吸奏法も観せる

c0182910_115379.jpg 地元ナイジェリアのラゴスでは4時間のショーがあたりまえというフェミ・クティ。この日はオランダのノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルに出演したが、数多くのアーティストのプログラムが組まれたジャズ祭では各ステージの演奏時間にも限りがある、ということでフェミの持ち時間も普段の半分以下。ところが、そのステージは相変わらずのハイ・テンションで、それを受けた会場も「これが4時間続いたらいったいどうなるのか」と言いたくなるほどの盛り上がりを見せていた。
 フェミは、客席から見て舞台の中央やや右寄りでキーボードを弾き、アルトとテナーとソプラノ・サックス、それにトランペットをとっかえひっかえ演奏しながら、政治色の濃い歌詞を本家本元のアフロ・ビートに乗せて汗まみれで歌い踊る。上半身裸になって筋肉隆々の厚い胸板を見せながらサックスの循環呼吸奏法で会場を盛り上げる場面は圧巻だ。
c0182910_121584.jpg
 その主役の熱いパフォーマンスを支えるのは総勢14人のバンド、ポジティヴ・フォースである。トランペット、フリューゲル、トロンボーン、テナー&バリトン・サックスという5人のホーン・セクションがブリブリとアンサンブルを吹き鳴らし、コンガとボンゴを中心にセットしたパーカッション2名が強烈なクラーベを叩き出し、ギター、キーボード、ベース、ドラムもひたすらグルーヴ。さらにシンガー兼ダンサーの女性3人がフロントで腰を振りながら歌う、というにぎやかなもの。
 ノース・シーで観たフェミ・クティのライヴ、それは75分間の大熱演による大汗にまみれたハイ・テンションのステージだった。

ポジティヴ・フォースのシンガー兼ダンサーの3姫
c0182910_1251927.jpg
笑顔を振りまきながらカラバスやクラーベ、シェイカーなどを鳴らし歌い踊る
c0182910_1274064.jpg
    褐色の肌に鮮やかなアフロ・カラーのステージ・コスチュームが映える

c0182910_1292960.jpg

トップ・ページ >>
Article Index 記事一覧 >>
by ReijiMaruyama | 2008-04-03 15:38 | Musician / Interview