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第21回:パット・メセニー・オーケストリオン

 パット・メセニーが、新作アルバム『オーケストリオン』を制作したと聞き、そのプロジェクトの詳しい内容を知った時はびっくり仰天した。それは、生のアコースティック楽器をいくつも組み込んだ自動楽器演奏装置“オーケストリオン”を、メセニーが、たったひとりで、ギターやフット・ペダルなどを使ってコマンドを出しながら、リアルタイムで鳴らして曲を演奏するというもの。楽器を鳴らすために必要な物理的な力は、電磁力(ソレノイド・パワー)や空気力学を応用して作り出しているそうだ。

 今回は、2010年2月から3月にかけて行われたパット・メセニー・オーケストリオン・ヨーロッパ・ツアーから、3月6日にドイツのケルンで行われたコンサートの模様と、それを観て感じた事などを写真と共に紹介する。ちなみに、このケルン・コンサートについては、すでにジャズライフ5月号で詳しく報告してあるので、ここではその記事の中に書ききれなかったことを中心にお伝えしたいと思う。
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Pat Metheny Orchestrion Tour in Europe
at Kölner Philharmonie, Cologne, Germany on March 06, 2010
2010年3月6日、ドイツ・ケルン/ケルナー・フィルハーモニーにて

究極のメセニー・ミュージック
 メセニーのこのプロジェクトに対して賛否両論がある。「素晴らしい!」という絶賛に対峙する言葉は、サーカス、大道芸人、チンドン屋……。そんな極端なことを言う人は少数派かもしれないが、たしかに存在する。言論の自由があるので何を言おうとかまわないし、ひとりひとりが自分の好き嫌いで判断すれば良いことだが、ひとつだけはっきりと言える事は、「パット・メセニーのオーケストリオン・プロジェクトは、お遊びや気まぐれでやるには、金と時間、そしてメセニー本人や彼のスタッフの労力も、すべてが膨大すぎる」ということ。「バンドでやっていることとあまり変わらない。なにもこれを機械にやらせなくても……」、と言うもっともな意見(?)もある。しかし、ミュージシャンがやりたいことをやらなく(やれなく)なったら死んだも同然。その意味でパット・メセニーは、まさにいま生き生きと活動している“しあわせな音楽家”だと言える。

 メセニーの音楽は不変だ。それは、これから何年経ってもまず変わることはないだろう。そして、このオーケストリオン・プロジェクトも、まぎれもない“パット・メセニーの音楽”である。良いか悪いか好みの問題はさておいて、これほど大胆で野心的なことをジョークにしないで(これ重要!)、やり遂げることの出来るミュージシャンがいまこの世の中でメセニーの他に存在するだろうか。このプロジェクトでメセニーが目指したものは、「自分の音楽を、オーケストリオンを使って、自分の思い通りに、自分ひとりでその場で演奏すること」である。オーケストリオンは、メセニーのコマンドに対して、“何の思わくも入れず”忠実に従う。これこそ“究極のメセニー・ミュージック”ではないか。
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自動楽器演奏装置オーケストリオン
 オーケストリオンは、いまから100年も前にビッグ・ビジネスとしてレストランやバーなどでもてはやされたものだという。ドイツのライプツィヒが発祥の地であるらしい。だがその後、録音技術の進歩と共に姿を消した。いまではコンピュータで完璧な音楽を作ることも出来るが、メセニーのオーケストリオンは、そういうシンセサイザーやシーケンサーを使ってあらかじめ準備しておいた音源ループを鳴らすものとは異なり、ひと昔前のオーケストリオンに現代のテクノロジーを付け加えて、複数の“生きたアコースティック楽器”を同時に鳴らす自動楽器演奏装置である。凝り性のメセニーらしいアイデアだ。
 メセニーと彼のスタッフが4年の歳月をかけて作り上げたというこのオーケストリオン・システムには、ドラムやシンバル、コンガ、マリンバ、ヴァイブラフォン、ピアノ、オーケストラ・チャイム、アコースティック・ギター、エレクトリック・ベース、ギターボット、それにカスタネットやトライアングル、カウベル、シェーカーなどのパーカッション類、さらには水が入った大きさの異なるガラスの瓶を鳴らす装置など、いくつものアナログ楽器が組み込まれている。そして、それらがひとつの大きな機械仕掛けとなり、メセニーの操作のもと、メセニーと一緒に音楽を奏でる。ドラムとシンバルは、ジャック・ディジョネットの使用モデルで、ヴァイブラフォンとマリンバのマレットは、ゲイリー・バートン御用達のものを使っているそうだ。機械仕掛けの中にも人間の個性を付け加えたいという気持ちがうかがえる。“幽霊バンド”と言うなかれ。しかし、「これはもうほとんど病気!?」(あるフォトグラファー)と言いたくなるのもわかる。「天才と変人は紙一重」とはまさにこのことか。

 小さな箱に入れられたオルゴールが奏でるメロディには、電気的に作られたものとは一線を画する情緒がある。乱暴な言い方をすると、そのオルゴールのサイズを大きくして楽器の種類を増やしたものがオーケストリオン。ただし、メセニーのオーケストリオンは、メセニーが、ギターや手元足元の装置(インターフェース)を使って、リアルタイムで各楽器の演奏のニュアンスまで変えることが出来るものである。「楽器の数だけパット・メセニーがそこにいる」、そう考えるとワクワクしませんか? 極論すれば(真偽のほどは本人以外にはわからないが)、メセニーが思った通りに即興演奏することが自分のバンド(たとえばPMG)以上に可能であるのかもしれない。

 すべてが問題なく作動すれば……。

ドイツ・ケルンで観たパット・メセニーの前代未聞の独演会
 去る3月6日にケルンで行われたパット・メセニーのオーケストリオン・コンサートは、メセニーのアコースティック独奏3曲に続き、オーケストリオンを使って、メセニーの新作に収録されていた新曲5曲が一気にプレイされ、その後もオーケストリオンのデモンストレーションを兼ねた3つの即興演奏を織り交ぜながら、PMGのこれまでのアルバムの中から4曲(アンコールを含む)が披露された。その全15曲・2時間30分の充実したステージに、会場に詰めかけた満員の観客も盛大な拍手を送り続けていた。が……、

オーケストリオンのシステムに大トラブルがあった!!!

 まず、開演前にオーケストリオンのインターフェースにトラブルがあり、復旧のために開演時間が30分遅れた。そして、これはうかつにも観ていて気がつかずあとでわかったことだが、コンサートの途中(オーケストリオンを使いはじめて2曲目)に、ステージの右と左に置かれていたギターボットのうち左の1台がパンク! その時、ギターボットから煙が出たため(!?)、メセニーがすぐにその1台だけシャットダウンしたらしい。さらに、その後も開演前と同じ問題がまた生じたため(これも気がつかなかった)、本来は2時間半休憩なしで行うコンサートを途中で20分ほど中断して、その間にフット・ペダルを予備のものに入れ替えてシステムをリセットするという復旧作業が行われた。
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コンサートの冒頭で、カナダの女性ギター・ルシアー、リンダ・マンザーが製作したナイロン弦ギターとバリトン・ギター、42弦ピカソ・ギター(写真)の3台を使って3曲の美しい独奏を披露。
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アイバニーズの丸いシングル・カッタウェイでホロウ・ボディのギターに持ち替え、フィンガー・シンバルのパルスをバックにしばし即興プレイを観せたあと、そのフィンガー・シンバルを観客にアピール。この小さなリズムボックスは、壮大なオーケストリオン・システムに組み込まれた楽器の中でも、メセニーの最良の友と言えるものらしい。メセニーの後方にあるオーケストリオンの楽器群は、まだカーテンで覆われている。この直後にカーテンが開いてオーケストリオンが全貌を現した。

まるで生き物のようなオーケストリオン・システム
 メセニーは、人間のミュージシャンを見るようなまなざしを各楽器に向けながらプレイし、MCの時も楽器たちを「彼ら(these guys)」とか「みんな(everybody)」などと言って、オーケストリオンに対してかなりの愛情を込めているという印象を与えてくれた。オーケストリオンの演奏は、想像していた以上に有機的で手作りの感じが伝わってくるもので、全体的に見て非常に好感が持てた。ただし、あえて言わせてもらうと、各楽器の演奏のダイナミクスには多少の物足りなさを感じる部分もあった。また、“メセニーほどの音楽家のレベル”で量るならば、この日の出来は「及第点」だったかもしれない。本人としても「もっとうまく行くはず」だったのではないだろうか。システム・トラブルのことではない。いや、それと関係があったのかもしれないが、曲のエンディングで、メセニーのギターとオーケストリオンの演奏がぴたりと同期せずタイミングがずれてしまったことがあった。そういうところは、まだなんとなく“あやうい”感じがする。もっとも、そのあやうさがあるおかげで(完璧を目指すメセニーに対しては失礼な言い方かもしれないが)、オーケストリオンが、まるで生き物のようにかわいらしく見えてくるのではある。
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右手前の細長い鉄の板を縦に4つ並べたような姿をしたものが「ヒュンヒュン」という音を出すギターボット。ギター・スタンドに立てかけてあるアコースティック・ギターは、イタリア・ボローニャのギター・ルシアー、ジャンカルロ・スタンザーニとその息子ルカが製作したスタンザーニ・ソレノイド・ギター(文末のリンク集参照)。コンサート中盤にメセニーは、このギターを“手と足で”弾いた。これはイタリア人のギタリスト、パオロ・アンジェリ(Paolo Angeli/リンク集)のプレイにインスパイアされたものらしい。
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もう1本のアイバニーズのギター、パット・メセニー・モデルPM120は、オーケストリオンがどのように動くかを即興演奏によって観客に披露したときに使用された。
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おなじみのRoland Guitar Synthesizer G-303も登場。
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アンコール曲「メキシコの夢」では、ギルドのアコースティック・ギターも使用。
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オーケストリオンの各楽器は、音を鳴らすと同時に光も放つ。ビジュアル面での演出も忘れていない。


 大トラブルを克服して行われたパット・メセニーのオーケストリオン・ケルン・コンサート。最後は、オーディエンスが総立ちでスタンディング・オヴェーションを送り続けるなか、メセニーも満足げな笑顔を浮かべてステージをあとにした。すでに書いたが、このライヴの詳しい報告はジャズライフ5月号に掲載されている。そのカラー6ページの記事の中には、コンサートの様子の他に、メセニーがこの日に使用した合計8台のギターに関することや、オーケストリオン・プロジェクトのサウンド・ディレクター、デイヴィッド・オークスへのインタヴューも含まれている。ジャズライフのバックナンバーは、ネットでも最寄りの書店でも超カンタンに入手可能なので、メセニー・ファンの方は、ぜひ「パット・メセニー・オーケストリオン・プロジェクトの記念(?)」に、ジャズライフ5月号を購入して、同2月号(こちらには常磐武彦氏がニューヨークで取材したオーケストリオンの記事が掲載されている)とともに永久保存していただきたい。

 さて、ここで、ケルン・コンサートのあとでオークス氏が語ってくれた言葉の中から、ジャズライフの原稿で割愛した部分を紹介しておこう。

筆者:あなたは、オーケストリオン・システムの構築に大変な労力をつぎ込んだというわけですね。
オークス氏:今回に限らず、僕はパットのアイデアを現実のものとするためにつねに努力している。僕は、29年間パットと共に仕事をしてきているので、何を望んでいるのか、彼のひと言を聞いてすぐに理解出来るよ。
筆者:「一を聞いて十を知る」という感じですか?
オークス氏:パットは、自分が望むものをいつもはっきりと把握している。あまり細かい説明を聞かなくてもパットの言いたいことはわかるよ。たとえばパットは、「もっとビッグなサウンドで、リズム楽器の限界を超えるようなものにしたい」とか「5ウェイのステレオ・サウンドがほしい」なんて言い方をする。そのアイデアをどのような方法を用いて実現するか、そんなことパットはまったく気にしない(メセニーは何に対してもオープンである、という意味)。
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David Oakes

オーケストリオン・プロジェクトの衝撃
 こんなとっぴなアイデアを現実のものとし、その複雑なシステムによる大掛かりなショーまでも可能にして実行してしまうパット・メセニーと彼のスタッフの知恵と勇気とパワーには脱帽するしかない。オークス氏は、オーケストリオン・システムの設計およびステージ上のレイアウト、管理、さらにはコンサート会場のPA卓の操作に至るまで、メセニー・サウンドを支える重要な部分をいくつも手がけている。その彼が「オーケストリオンは、まだまだ発展途上のまっただ中にある」と語っていた。あれから3ヶ月。6月に行われる日本公演では、さらなる改良が加えられて安定感を増したオーケストリオンの演奏が披露されることになるだろう。見世物小屋に足を運ぶようなつもりでコンサート会場へ向かう人がいたとしても、そこで待っているものは、まぎれもない究極のメセニー・ミュージック・ワールドである。「見逃さずにすんで良かった!」と思うに違いない。耳で聴いて、目で見て楽しいそのコンサートには、性能の良いオペラグラスを持参することをオススメする。
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あとがき
 この夏、オランダ・ロッテルダムで3日間開催されるノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルの初日7月9日に、パット・メセニー・グループ(PMG)が出演する。メンバーは、メセニー以下、ライル・メイズ(p,kb)、スティーヴ・ロドビー(b)、アントニオ・サンチェス(ds)というPMGの核をなす4人だ。これは、「The Song Book Tour」と銘打たれたPMGヨーロッパ・ツアーの一環で、クアルテット編成のPMGが、6月末から約1ヶ月間に渡って、いつものようにほとんど休みなしでヨーロッパ各国を興行する。メセニーが、オーケストリオン・ツアーの直後にこんなスケジュールを持ってきたのは、オーケストリオンに対して嫉妬心を抱いたかもしれないPMGのメンバーを気づかっての事だろうか。一流ミュージシャンとはいえ、みんな人間だ。ちなみに、オーケストリオン・プロジェクトは、ヨーロッパを皮切りにアメリカ~韓国・日本を回る大規模なワールド・ツアーを行い、どこも大盛況。それを受けて今秋も引き続きアメリカ各地でコンサートの予定が組まれている。まだまだオーケストリオンの快進撃が続きそうな気配だが、PMGが今後どのような展開を見せるのか、ファンとしては、そちらも気になるところではあろう。
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メセニーがオーケストリオン・プロジェクトでメインに使用するのは、アイバニーズUSAのPM35のプロトタイプとなったギター。
【追記:PM35は、その後モデル変更があり、2013年現在ではPM200とPM2の2機種が発売されている】

リンク集:
●パット・メセニー Pat Metheny official site
●リンダ・マンザー・ギターズ Linda Manzer Guitars
●スタンザーニ・ソレノイド・ギター Liuteria Stanzani
●パオロ・アンジェリ Paolo Angeli official site
●アイバニーズ・ギター・パット・メセニー・モデル PM120 PM200/PM2
●常磐武彦(写真家/音楽ジャーナリスト) Orchestrion Photo Gallery
●ジャズライフ www.jazzlife.co.jp

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by reijimaruyama | 2010-05-30 23:55 | Musician / Interview