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第20回:ヤン・ガルバレク

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 ヤン・ガルバレク(ts,ss)は、ノルウェーのジャズ・ミュージシャンの最高峰にして孤高のサックス奏者である。他の誰も出し得ない透明感あふれる音色と美しいメロディを奏でることで知られ、演奏スタイルは耽美的で禁欲的と言われる。だが、ガルバレクが2009年10月に発売した2枚組ライヴ・アルバム『ドレスデン』(ECM)を聴いてみると、そんな堅苦しいイメージとはまた別の万人受けする音楽性があることにも気がつく。その新作リリースに合わせてドイツ国内をツアー中のガルバレクが、2009年11月10日、レヴァークーセンのジャズ祭、レヴァークーゼナー・ジャズターゲ(文末のリンク集参照)に出演した。
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Jan Garbarek Group
Live at 30. Leverkusener Jazztage on November 10, 2009

ヤン・ガルバレク・グループ:メンバーは、写真左からライナー・ブリューニングハウス(p,kb)、ユリ・ダニエル(b)、ヤン・ガルバレク(ts,ss,selje flute)、トリロク・グルトゥ(perc) <本記事の写真はすべて取材当日2009年11月10日撮影>

 ライヴ前に行われたガルバレク・グループのサウンド・チェック。モニター音量のバランス調整の問題で鍵盤奏者ブリューニングハウスとパーカッションのグルトゥがしばしディスカッションする場面があった。その間、ステージの中央に立つガルバレクは、黙って事の成り行きを見守りながら解決策をふたりの判断にゆだねていた。この時、「ガルバレクは無口で自制的」という印象を受けた筆者は、音合わせ終了後、ガルバレクの人柄についてユリ・ダニエルに聞いてみた。すると、図らずも彼の口からは次のようなコメントが返ってきた。「ヤンは、とてももの静かで、いつもしっかりと自分をコントロールしている。それなのに、バンドのメンバーや周りの人々を自然とひとつにまとめていくから驚きだ。そんなヤンの人柄は、彼の音楽にそのまま表れている。ヤンは、音楽に対するはっきりとしたビジョンを頭の中でつねに描いている。オーケストレーションに関しては、エバーハルト(下記注参照)の力が大きかったと思うけど、ヤンのアイデアが土台となっていたことは疑いの余地がない」。

(注)エバーハルト・ウェーバーは、1940年1月22日、ドイツ・シュトゥットガルト生まれのベーシスト。70年代からECMサウンドを代表するミュージシャンのひとりとしてリーダー・アルバムを数多く発表し、ゲイリー・バートン、ラルフ・タウナー、パット・メセニー、ヴォルフガング・ダウナー、ケイト・ブッシュ他のアルバムなどにも参加。ヤン・ガルバレクとは約30年間に渡って活動を共にしてガルバレクの音楽を支えてきた。だが、2007年初頭に病気(脳卒中)で演奏不可能となりガルバレクのグループを脱退、急きょユリ・ダニエルが後任を務める事になった。
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「エバーハルト・ウェーバーの大ファンで、それが高じてベースを弾きはじめた。だから、いつかヤン(・ガルバレク)と共演したいとずっと思っていた。ヤンのツアーでは、エレクトリック・ベース(ワーウィックの5弦フレットレス)を使っているけど、本当はウッド・ベースが僕のメインなんだ」というブラジル出身のユリ・ダニエル。現在はポルトガルに住んでいる。
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ガルバレクのグループで20年以上プレイしているドイツ人の鍵盤奏者、ライナー・ブリューニングハウス。キーボードを多用してサンプル音やループなどでガルバレクの音世界をサポートしていた。ライヴ中盤で観せた独奏ピアノ・ソロは、キラキラとした美しさと壮大な力強さを持った迫力あるプレイで聴衆から大喝采を浴びた。
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バスドラとスネア、ハイハットなどにタブラやジャンベ、シェイカー、様々な形のシンバルやベルなどの金物を数多く組み合わせて強力なドラム&パーカッション・セットを構築し、ドラマーともパーカッショニストとも言いがたいアプローチを観せていたインド人、トリロク・グルトゥ。以前は地べたに座っていろいろな種類の打楽器を鳴らしていたが、今回はドラム用のイスに座ってプレイしていた。水入りのバケツを叩いたり、その水にゴングやチャイムを浸しながら鳴らすなど、独特の世界を創りだしてガルバレクの音楽に色を添えていた。
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ジャズターゲの模様は、毎年、地元ケルンのテレビ局WDRが録画放映している。

無口のガルバレクはインタヴューがお嫌い?
 1947年3月4日、ノルウェー・ミーセン生まれのヤン・ガルバレク。この孤高のサックス奏者は、ツアー中の取材を一切受け付けておらず、レヴァークーセンでもテレビ局のインタヴューを断っていた。筆者もガルバレク本人と話すことは出来なかったが、彼のマネージャーの計らいで、ガルバレクが一部のプレス向けに特別に制作したインタヴューCDを入手することが出来た。その中身は、こちらが聞きたかった質問に対する答えが満載のとても充実した内容! 自己名義でのライヴ盤を出すのがいまになってしまった理由や、ライヴのセット・リストのこと、クアルテットというバンド・フォーマットについて、マヌ・カッチェ(ds/ライヴ盤が録音されたツアーに参加)とトリロク・グルトゥ(今回のツアーに参加)というふたりの打楽器奏者から受ける影響、自分の作曲方法や即興についてなど、11の質問に対して、思慮深い言葉でとてもはっきりと丁寧に答えている(質問者の名前は不明)。それを聞くと、ガルバレクは、決してインタヴュー嫌いという訳ではなく、ツアー中は演奏に集中したいだけなんだろうと思えてくる。それらの言葉を盛り込んだ記事は、ジャズライフ2010年1月号に掲載された。最近ではあまり聞く事の出来ないヤン・ガルバレクの貴重な発言が詰まっているので、特にガルバレク・ファンの方たちにはぜひ読んでいただきたい。ちなみに、その号では、開催30回目を迎えて大いに賑わったジャズターゲの模様(ガルバレク以外にもマーカス・ミラーやアル・ディメオラ、リー・リトナー、キャンディ・ダルファー他の人気アーティストが数多く出演)も巻頭カラーで大きく取り上げられている。バックナンバーもいまならまだ簡単に手に入るので、どうぞよろしく。
 さて、話がちょっと横道にそれてしまったが、ここで、そのジャズライフの原稿に書ききれなかった3つの質問に対するガルバレクの言葉を紹介してみたい。

自分の音楽をジャズであると考えるか?
 「私にとってジャズとは、ルイ・アームストロングにはじまり1960年から65年頃までの間に完結したものだ。それ以降のすべてのものは、私がジャズと呼ぶものとは別領域にある。アームストロング、エリントン、オスカー・ピーターソン、ジーン・アモンズ、デクスター・ゴードンがジャズ。初期のマイルスとコルトレーンもジャズと呼べるが、のちに彼らは私が考えるジャズの範疇から飛び出した。どこまでがジャズなのか? それは聴く人の定義、カテゴライズの仕方によって異なる。だが、リズムのあるインストゥルメンタル・ミュージックをすべてジャズと呼ぶのは無意味だ。それでは言葉の水増しだ。私は、自分の音楽をジャズという言葉では……、いや、ジャズであるとは考えていない。ジャズのリスナーとして、またその演奏者としての私の長い歴史が、私の音楽にジャズの要素を持ち込んでいることは間違いないだろう。だが、多少は異なったものになっているんじゃないかな。それを何と呼ぶのか、名前のようなものを見つける必要なんてない、ということを私は幸運に思うよ」。

音楽をはじめたきっかけ
 「12か13歳の頃、エルビス(・プレスリー)などのレコードにあわせて女の子と一緒に踊るのは楽しいと思ったけれど、音楽そのものにはまったく魅力を感じなかった。でもラジオでジョン・コルトレーンを聴いてすべてが変わった。あれは私の人生でとても重大な出来事だ。ある日、戸外で友達と遊んでいた私は、いつの間にか夕方になって周りが暗くなってきたので家に入った。すると音楽が聴こえた。その時、とても特別な何かに引きつけられたんだ。曲が終わると司会者が「これで今週の“ジャズ・アワー”を終了します」と言ったので、その音楽がジャズだと知った。その番組はコルトレーンの新しいアルバム『ジャイアント・ステップス』(1960年)の曲を放送していたらしくて、私が聴いたのは「カウントダウン」だった。すぐに私はアルバムを手に入れて、それ以来毎朝学校へ行く前に朝食を食べながら聴いた。毎日、何年間も聴き続けたよ。当然のごとく、私は両親にサックスが欲しいとせがんで困らせた。半年ほどして、ついにクリスマスにサックスを手に入れた。でもそれはとても古くて状態の悪い楽器だった(笑)。パッドを取り替えるために2週間ぐらいオーバーホールに出す必要があったが、私はその間にサックスの教則本を見ながら毎日フィンガリングを学び、サックスが戻ってきた時にはある程度の曲ならすぐに吹けるようになっていた。これがその後のやる気を推進する結果につながったんだ」。

これまで40年間、音楽制作活動を共に行ってきたドイツのレコード・レーベル、ECMのオーナー兼プロデューサー、マンフレート・アイヒャーとの出会いについて
 「ミュージシャンとしての私の人生において、ECMは、とても大きな意味を持つ。マンフレートと知り合うきっかけをもたらしてくれたのは、ジョージ・ラッセル(composer)だ。当時(1969年末頃)、私は、ラッセルのセクステットのメンバーとしてイタリアをツアー中で、イタリア北部のあるジャズ・フェスティヴァルに出演した。そこでマンフレートを紹介され、彼が新しいレーベルを立ち上げたばかりだと聞いたので、自分の演奏を収めたテープがあるのでそれをリリースする気はないかとこちらから持ちかけた。でも、彼はその私のオファーを断った。マンフレートは、自分の手によるレコーディング・テープを作ることを望んでいたんだ。「電話はしてこなくていい。こちらから連絡するよ」という彼の言葉を聞いた時、私は正直言ってもう連絡はないだろうと思った。ところが、それから半年ほどのちにマンフレートから手紙が来た。彼がオスロに来るので、私にバンドを結成して曲を準備して録音スタジオを押さえるように、と書いてあった。ミュンヘンから列車に乗ってやってきたマンフレートは、ダウンタウンであまり値段が高くないホテルを予約してくれと言う。私は彼のために宿を押さえた。想像してみてほしい。それは、“赤線地帯”にあるような、安いというよりもむしろひどいというべきホテルだった。そして、帰りも列車。彼は、とても大切なテープを膝に乗せて、ミュンヘンまで丸1日かかったんじゃないかな。すごい話だろう。(そのレコーディングは)彼にとってそれだけの値打ちがある投資のようなものだったんだろうね(笑)。これがECMに吹き込んだ私の最初のアルバム(『アフリック・ペッパーバード』1970年)で、国際的に良い評判を得て成功したのですぐに2枚目も作った。その関係がいまでも続いているという訳だ。すべてはジョージ・ラッセルとイタリアで行ったギグからはじまったのさ(笑)」。
---以上、先述のガルバレクのインタヴューCDより---

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「まるでバットマンのコミックに登場する悪役ジョーカーみたいな顔」とは、ケルンの新聞社の女性フォトグラファーの言葉。ガルバレクのサックスが奏でる美しい音色の秘密は彼の口元・アンブシュアにあるのか?
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ガルバレクの使用サックス:テナーは、青いロゴ入りのセルマー・マークⅥ。ソプラノは、ガルバレクのトレードマークにもなっているカーヴド・ソプラノ。レヴァークーセンのライヴでは、その2本をほぼ半々に使用していた。サックスのリードにかなり神経を使っている様子で、筆者が確認しただけでもサウンドチェックの時にソプラノのリードを2回、本番ライヴ中は、ソプラノとテナーのリードをそれぞれ1回づつ交換していた。また、指穴のないセリエ・フルート(ノルウエーの民族楽器)を使って、グルトゥのボイスパーカッションと掛け合いながらリズミカルな即興も披露した。
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その他の使用機材:レヴァークーセンのステージでは、アップル(Mac)のノートブックコンピューターとRME Fireface 400(高性能マイクプリアンプを備えたオーディオインターフェイス)も使っていた。Mac内に仕込んだエフェクトを使用しているのではないかと想像するが確証はない。これらのハイエンド機器をどのように使っているのか、プラグの差し込み方やMacのディスプレイに映ったアプリケーションを見てお分かりの方がいたら教えていただきたい。サックスの音を拾ったマイクの信号は、RMEとMacを経由したのち、ガルバレクの足元に置かれたBossヴォリューム・ペダルFV-50Hへと送られていた。これでエフェクト(あるいは全ての信号)の音量をコントロールしているのだろうか?
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コンサート終了直後のオーディエンス。やはり、と言うべきか、この日集まったファンの年齢層は高めだった。ジャズターゲのメイン会場フォーラムの天井には、音響を考慮して逆ピラミッド型のエレメントがいくつも取り付けられている。

最後に……
 ガルバレクは、このレヴァークーセンでのライヴの後、去る3月までドイツ国内31カ所をツアーした。そして、この2010年の年末も引き続きグルトゥを加えた自己のグループ(クアルテット)でスイスやハンガリーを演奏旅行するが、そのスケジュールの谷間となる9月と10月には、ヒリヤード・アンサンブルとの共演ツアーも行う。これは、今年、ECMから発売されることになっているガルバレクのヒリヤード・アンサンブルとの共演アルバム『Officium Novum』のお披露目興行で、ドイツやオーストリア、チェコ、イギリス、スイスなどを巡業することになっている。
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この記事関連のリンク集:
Jan Garbarek Group (ツアー・インフォメーション)
レヴァークーゼナー・ジャズターゲに関する記事(本サイトの第15回)
Leverkusener Jazztage website(ドイツ語)
ECMレコード
ジャズライフ

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by reijimaruyama | 2010-05-06 22:02 | Musician / Interview