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第18回:ブランフォード・マーサリス

 マイケル・ブレッカー(ts)亡きあとの現代のジャズ界において、そのサックス・シーンを牽引するもっとも重要な人物のひとりと言えるのがブランフォード・マーサリス(sax)である。素顔のブランフォードは、サックスのプレイと同様にとても多弁で自分の考えることをストレートに言葉で表す気さくな人柄。だが、それと同時に雑誌の取材にはあまり応じないタイプのミュージシャンでもある。筆者は、ジャズライフの記事のために、2009年5月18日にドイツ・フランクフルト市内のホテルに滞在するブランフォードを訪ねて2時間近くにおよぶロング・インタヴューを行った。
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Branford Marsalis
オランダのノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルでジョン・コルトレーンの『至上の愛』を演奏した時のブランフォード・マーサリス(2006年7月13日撮影)

 2009年3月にブランフォード・マーサリス・クアルテット(以下BMQ)名義でニュー・アルバム『メタモルフォーゼン』をリリースしたブランフォードは、この時までその新作に関する日本の雑誌からの取材を受けていなかった。さらに、これまで30年間演奏活動を共に続けてきた才能溢れる実力派ドラマーのジェフ・“テイン”・ワッツが新作発売後にバンドを脱退、そのため、新作のフォローアップ・ツアーとなるこの欧州遠征には弱冠18歳の新人ドラマーが急きょ参加する、という大変化もあった。ブランフォードにしてみれば「いろいろ話したい」状況だったに違いない。こちらにしてみればラッキーなタイミングだった。

 ブランフォードとの約束の時間は午後6時。彼は、その夜のライヴのために午後7時45分にホテルを出て、タクシーで会場に向かうことになっていた。だがインタヴューは予想以上に長引き、ブランフォードは、会場入りの時間が迫っても筆者の目の前で荷物を片付けたり歯を磨いたり、最後はステージ衣装に着替えながら話しを続けた。
  この時のインタヴューと、そのあとに行われたコンサート(新人ドラマー、ジャスティン・フォークナーが加入してのライヴ)の記事は、ジャズライフ2009年7月号に掲載されたが、即興的な会話も多かったブランフォードのロング・トークをその記事の中にすべて書き込むことは到底不可能だった。取材の録音ディスクを文字に起こしてみると、なんとそれは編集部から指定された文字量の約6倍もあったため、その原稿は大幅に削る必要があったのだ。冒頭で述べたように、ブランフォードはめったに雑誌の取材に応じない。当然ながら、ファンが彼のインタヴュー記事を目にする機会は少ない。あまり聞くことの出来ない彼自身の言葉を筆者のパソコンに封印しておくのはもったいない。もちろん、この取材で集めた“おいしいところ”は、ジャズライフに掲載されているが、ブランフォードの人となりを垣間見せてくれるものはまだ他にもある。そこで、ジャズライフに収めきれなかった未発表の部分を可能な限りここで紹介する。
 1960年8月26日、ニューオリンズ生まれのサックス・マン、ブランフォード・マーサリスのロング・トーク。文字通り長文であることを最初におことわりしておいた方が良いかもしれない。
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Branford Marsalis Quartet 2009
2009年5月18日にフランクフルトで行われたライヴのショット。ちなみにこのあとの写真はすべてこの日に撮影したもの。



ブランフォード・マーサリスのロング・トーク
 部屋のドアを開けたブランフォードは、白いTシャツに紺色の短パン姿で裸足だった。大型のフラット・テレビが入ったその部屋の中は、ベッドの上一面に洋服が広げられ、テーブルの上や床などいたるところに荷物が置いてある。「さあどうぞ。その辺に座ってくれ」と、招き入れてくれたブランフォードは食事中だった。

——お食事中に押し掛けてしまって申し訳ありません。
ブランフォード・マーサリス(以下BM):かまわないよ。気にしないでくれ。ランドリーに行って洗濯してたら食べるのがいまになってしまった。それより、会話を録音するのにフォークとナイフの音がうるさくてごめん。
——その音でサンプル・ビートでも作りますよ(笑)。以前、あなたもバックショット・ルフォンクでループやDJのスクラッチ・サウンドを使っていましたよね。
BM:うん、あれはなかなか面白かった。
——97年にケルンでバックショットのライヴを拝見しましたが、エリック(・レヴィス/BMQのベーシスト)は、あの時はじめてあなたのツアーに同行した新人でした。いまから12年前のことです。
BM:月日が経つのは早いな。
——我々が老いて行くのもあっという間です(笑)。あなたのお父さん(エリス・マーサリス/p、1934年生まれ)はお元気ですか?
BM:おかげさまで、僕のオトーサンはとても元気。食欲も旺盛だ。
——あなたには娘さんがいますよね。ツアーやレコーディングなどで家族と過ごす時間の折り合いがつかずに寂しく思ったりすることはありませんか。
BM:僕には4歳と8歳の娘がいる。旅に出ると子どもが恋しくなるけど、仕事が忙しいのはOKさ。子どもと一緒にいたらリラックスなんてできないよ。
——子どもの世話は奥さんに任せっきりですか?
BM:とんでもない! 女房は僕が家に帰ると娘たちの世話を押し付けるんだ。「お帰りなさい。さあ、あなたの番よ」ってね。だから、家にいるときは娘たちの相手でとても忙しいのさ(笑)。
——ツアー中、体のコンディションを維持するために何かやっていますか?
BM:プッシュ・アップ・バー(腕立て伏せトレーニング用品)やヨガ・ストラップを持ってきている。本当はジムに行きたいけど、あまり時間がないからね。
——いまあなたが食べているのは、ずいぶん脂っこい料理ですね。ヴィーナー・シュニッツェル(小麦粉と卵とパン粉の衣をつけて油で炒め揚げした肉料理)とジャガイモの油炒め。パワーも必要かと思いますが、食事には気をつけないんですか?
BM:力をつけるためには揚げ物なんて必要ない(ブランフォードは衣をはがして肉だけ食べている)。ルームサービスのメニューではこれぐらいしかないんだ。それにしてもこの付け合わせサラダのクリーム・ドレッシングはいただけない。僕はアレルギー体質だからミルクを飲まない。乳製品は一切口にしないんだ。このトマトは食べるけど、あとは残すよ(と言って、ドレッシングがかかっていないトマトをフォークで突き刺した)。
——豆腐は好きですか?
BF:豆腐料理があるといいんだけど、ドイツのホテルでそこまでは期待出来ないな。
——いまこの世の中であなたが一番恐れていることは何ですか?
BM:恐れるものなんて何もない。ハリケーンも洪水もハイジャックも、自分でコントロールすることは出来ない。だから恐れたってしょうがない。アメリカで同時テロが起きたあと「ハイジャックが怖いから飛行機に乗りたくない」ってあるミュージシャンが言ったけど、馬鹿げている。僕はこう答えた。「飛行機が落ちて乗客300人が死んだけど、ぶつかったビルの中にいた3000人も犠牲になった。君はもう高いビルの中にも入らないつもりか?」ってね。とは言っても、あえてやらないようにしていることはある。たとえばダイビングだ。
——昨年エスビョルン・スヴェンソン(p)が潜水中の事故で亡くなりましたね。
BM:そんなこともあったね。でも僕は、もっと以前からダイビングはやりたくないと思っていた。危険度を考えると、それほど価値があることとは思えない。エベレスト山登頂や、飛行機からパラシュートで飛び降りるというようなこともね。僕には養って行くべき家族がある。いまあの世に行っちゃうことは出来ないんだ。

そして話題はBMQのニュー・アルバム『メタモルフォーゼン』に移行する
ブランフォードの話は、聞き進むうちにいろいろな方向へと進んだ。

BM:レコーディングを終えて出来上がった音を聴いた時は、「このあと僕らはどう変わって行くんだろう?」と思ったよ。
——その変化はリスナーも感じていると思います。
BM:これまでの僕らの作品は、制作した時から分かっていたけど、リスナーにとって難しすぎる傾向にあった。でも今回は聴きやすいと思う。新作でもっとも重視したのは“サウンド”だ。ミュージシャンの多くは、ハーモニーについて話したがるけど、僕はそんなこと気にしない。聴く人のハートを打つのはサウンドだ。
——たしかにリスナーは、難しいことなど抜きで音楽のムードを味わっていると思います。
BM:僕もそう思う。そして、そのムードを醸し出す最も重要な要素がサウンドだ。いま僕らは、どうやったらうまくそれを創り出すことができるか習得しようとしている最中。もうずいぶん前から模索してきたことだけど、いざやろうとすると難しい。本を読めば習得できるようなものではないからね。
——今作の出来についてのご自身の評価は?
BM:その質問には、「今回に限らず、アルバムを作る時は、いつもその時点でのベストを尽くしている」とだけ言っておくよ。
——「お聴きの通り」ですか?
BM:「お聴きの通り」さ。良くも悪くも、それがその時の僕らの音だ。
——アルバムを仕上げたあとでもう一度やり直したいと思ったことはありませんか?
BM:最近のジャズのレコードは迫力に欠けるものが多い。ちっぽけなスタジオで、ポップスみたいに多重録音やソロ編集などをやりすぎているからだ。素晴らしいジャズ・アルバムと呼ばれるものは、2年や3年ではなく、25年ぐらいかかって売れて行くものだ。今日売れなくても明日売れる。だから僕は、サウンドの良いレコードを作るべきだと思う。キース・ジャレット(p)が良い例だ。彼にはピアノ・ソロのアルバムが2枚ある。『ザ・ケルン・コンサート』(75年1月録音)は、素晴らしいサウンドでみんなに愛されている。ところが『フェイシング・ユー』(ジャレット初のソロ作。71年録音)は、音が非常に悪いので、ミュージシャン以外には誰もこの作品を話題にしない。
——なぜミュージシャンはそれを話題にするのですか?
BM:音楽的情報が素晴らしいからだよ。ミュージシャンはそこを聴いているのさ。でも、一般の人々に長く愛聴されるレコードを作るためには、音楽内容の他にそれなりの音質が必要だ。だから僕はスタジオでいつもそのことを気に留めている。素晴らしいテイクだけどテーマのメロディがちょっと間違っている、というような場合には多少の手直しをすることもあるけど、ソロの編集や重ね録りみたいなことは絶対にやらないよ。
——たとえば、あなたのソロが3小節分はみ出してしまったり、あるいは足りないというようなことがあってもですか。
BM:もし仮にそうなったとしてもそのままにしておく。なぜなら、それが実際に起きたことだから。ジャズの歴史を創ったのはミュージシャンだ。チャーリー・パーカー(as)と尺八を吹く僧侶に共通するのは、その人の精神や人間性がプレイの中に表れている、ということ。そこが大切だ。僕も自分の人間性を醸し出すような作品を作りたい。「最新のスタイルを反映させたアルバムを作れ」と言う人もいるし、ファンキー・ビートの上にジャズが乗っかったようなものを好む人も多い。それは、たしかに楽しいものかもしれないけれど、真の意味ではジャズではない。僕ら4人(BMQ)は自分たちのために演奏する。そして、そのためにお互いの音を注意深く聴く。もう長いこと一緒にやってきて人間性も理解しているから、細かい演奏のことをいちいち話し合うこともないよ。
——私事で恐縮ですが、ドイツに住んで痛感したことは、日本だったら“言わなくても分かる”ようなあたりまえのことでも、ドイツでは“はっきりと言葉に出して言わなければ他人には分かってもらえない”ということです。
BM:国や地域によって人々のメンタリティには大きな違いがあるよね。アメリカでは、小さな町に行けば行くほど人々も素朴でイージーになるけど“個人”を重んじることには変わりがない。アメリカに比べてヨーロッパ、特にドイツは、集団感覚が強い方じゃないかと思うけど。ところで、これは昨日ドイツ人の友人と話したことだが、いまドイツではドイツ語を話せない移民がふえていて、彼らは仕事もせずに生活保護制度の恩恵にあずかっている。そのためドイツ政府は財政難に苦しんでいるらしい。僕も移民たちが溜まっているのをさっき洗濯する時に目撃した。もし政治家が「ドイツ語の話せない移民は受け入れるべきでない」なんて発言をしたら、すぐにメディアは「ナチス再来!」と書き立てるだろう。
——なぜこんな話になったかと言うと、メンバーがお互いに「言わなくてもやりたいことがわかる」というあなたのクアルテットは、ある意味とても日本人的だと思ったからなんです。
BM:どうなんだろう。とにかく僕らは、演奏する曲が向かうべき方向性について話しはするけど、それ以外の言葉による打ち合わせは一切やらない。
——それは、リーダーであるあなたにとって快適なことですか。たまには、「自分は絶対にこうやりたい!」と言うことはないですか?
BM:強く思うことがあれば、それは口に出してはっきり言うよ。でも、メンバーはみな素晴らしいミュージシャンなので、僕は彼らを信頼している。いちいち言わなくても、正しいこと、素晴らしいことをちゃんとやってくれるよ。「バンドのリハーサルはいつやるの」って聞く人もいるけど、僕たちはステージに上がる30分ほど前に簡単な打ち合わせをしてすぐにプレイする。そうやって何度も演奏することで、その曲に対する理解度が深まって行くんだ。
——でも、新曲をはじめて演奏するような時は、いつどこでどんなチェンジがあるとか、その曲の根っこのアイデアはこうだとか、そういうことはひと通り話し合うんでしょうね。
BM:それもあまりやらない。アイデアというものは明白でなければいけない。たとえば「この曲はソプラノか、テナーか」という風にシンプルなことさ。
——新作ではアルトも吹いていますね。使用楽器のこともお聞きしますがその前に、他のメンバーはテインとジョーイ(・カルデラッツォ/p)が2曲ずつ、エリックは3曲も書いているのに、主役のあなたはアルトで吹くその1曲しか書いていませんね。
BM:良い曲を選んでアルバムに入れただけだ。誰が何曲提供しようがそんなこと関係ない。それよりも、曲をどのように解釈し演奏するかということの方が大切だ。それがアルバムに残された僕の刻印となる。
——新作にはボーナス・トラック(アント・ハガーズ・ブルース/日本盤のみ)も収録されていますが、これは他の曲と一緒に録音したものですか?
BM:そうだよ。ボーナス・トラックも必要になると予測していたのさ(笑)。
——ということは収録した曲以外にもまだ何曲か録りためてあるんですか。
BM:いや、実はボーナス用に2曲録音したんだ。ところが、途中で曲がネタ切れになってしまったので、ボーナスに使う予定だったものを1曲だけ本編に入れた。それがモンクの「リズマニング」というわけさ。
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ブランフォードのテナーは1950年製のセルマー・スーパー・バランス・アクション。インタヴューでは、これの他に彼のソプラノやアルトなどの使用楽器についてもマウスピースやリードのことを含めて詳しく語ってくれた。

なぜクラシックを練習するのか
 筆者は「なぜクラシックの曲を練習するのか?」という“まったく同じ質問”を時間差で繰り出した。実は、クラシックに関する質問は事前に考えてなかったが、インタヴューの直前にツアー・マネージャーから「いまブランフォードはクラシックに取り組んでいる」と聞き、さらにブランフォードとの会話の中で、彼のクラシックに対する入れ込みようが尋常でないと感じたからである。面白いことに、まったく同じ質問に対する彼の答えは、根本では一貫しているものの、その時の話の流れと心情によって若干変わっていた。以下はインタヴュー中盤の会話である。ちなみに、インタヴュー後半にクラシックの話題が再び浮上した時のやり取りは、ジャズライフに記されている。

BM:僕はテナーを愛している。特にジャズをプレイする時にはね。ただし、普段の練習はアルトでやっている。
——アルトは、テナーやソプラノとはキーが違いますよね。たとえば、いまこのホテルの部屋にアルト以外のサックスは持ってきてないのですか。
BM:アルトしかない。いま僕は、譜面をたくさん使って練習している。アルト向きの曲だ。
——クラシックですか?
BM:そうだよ。
——なぜクラシックの曲を練習するんですか?
BM:それがアート・芸術だからだ。
——ジャズもそうでしょう?
BM:ジャズもアートだけどクラシックとは別物。ジャズを練習するというのは、真の意味においては不可能なことだ。ジャズではソロを学ぶべき。でも誰かのソロをそっくりに真似る練習をして、ステージでもそれとまったく同じプレイをするのはジャズじゃない。ジャズは即興、いまこの瞬間に生まれ出てくるものだ。音符よりも曲の解釈・インタープリテーションが大切なんだよ。
——「音符よりも……」というのはジャズに限ってのことですか。
BM:いや、これはすべての音楽について言えることだ。
——数年前にデュッセルドルフのシンフォニー・オーケストラと共演したあなたは、その終演後、あるインターネットTV(web62.com)のインタヴューを受けて、「クラシックでは譜面を90%その通り正確に演奏出来たら良いコンサート。60%ではダメ」と言ってました。
BM:いま僕は「音符を変えるか変えないか」の話をしているんじゃない。あるひとつの決まった音符でも、解釈の仕方によって異なったプレイができるということだ。たとえば「バッ」とか「バァ〜」、「ラ〜」、「うぅぅ」、それに「んー」など、これらは譜面にするとすべて同じ音符で書き表されるけれど、聴いた時の印象はまったく違う。舌を使ったり、音を繋げたり、倍音を効かせたり、同じ音でもやり方はいろいろある。これがインタープリテーションだ。僕は日本で友人と一緒に歌舞伎を観に行ったことがある。とてもドラマチックだった。
——古い日本語でやるので我々日本人でも意味が分からないんです。
BM:そこだよ。歌舞伎役者が伝えようとしているのは、そのインタープリテーションだ。たとえば、ある男が激しく怒る場面で、その役者が(普通の口調で)「私はとても怒っている」と言っても、これじゃ言葉は間違っていないけどダメだ。そうじゃなくてこういう感じで……、(とひと息おいてから、ホテルの窓ガラスが割れんばかりの大声で)「オレは怒ったぞ!」。
——なるほど(汗&笑)
BM:クラシック音楽もまったく同じ。どんな曲でどのような緊張感を持つか、ということによって演奏の仕方が変わってくる。現代音楽とモーツアルトやベートーヴェンの音楽を聴き比べてみると、両者はまったく異なる。そこには100年のギャップがあるが、どちらも同じ12個の音符を使って書かれたものだ。違いは何か? インタープリテーションに他ならない。言語学で言うところのシンタックス(語を組み合わせて句・節・文を作る時の規則)だ。僕は一時期日本語を一生懸命勉強した。日本人同士がどんな風にしゃべるか注意深く聞いて、出来るだけ正確に真似る努力をしたよ。ミュージシャンならそういうことは可能であるべきだ。曲をどう解釈するかということに比べたら、ひとつひとつの音符の意味なんてちっぽけなものさ。ワカリマシタカ?

最後は、ブランフォードの心を引きつけてやまない国、日本の話題でロング・トークが終了した
——日本へ行く予定はまだないんですか。
BM:日本からお呼びがかかったら絶対に「ノー」とは言わない。でも、いまジャズのマーケットは大きく変化している。僕らはローリング・ストーンズやスティングとは違うから、呼ぶ方もどんなやり方が一番良いのかを見つけ出すのは大変だと思う。僕のマネージメントも、日本行きの日程と合わせて韓国やマレーシア、オーストラリアを回ったら良いと考えるだろう。いろんなことがビジネスに関わってくる。これが現実だ。日本は僕の心を引きつけてやまない国。西洋からの多大な影響と同時に独特の文化が頑強に根づいている。日本では歌舞伎を観たり、京都のお寺で尺八の演奏を聴いたこともある。西洋的なものとはまったく異なる日本人の側面を見たよ。こんなこともあった。明け方の東京で、友人の車に乗って信号待ちしていたらパンク・ロッカーたちに出くわした。スパイクヘアのキッズたちは、しゃべりながら歩いている。すると反対側から、茶色の衣をまとった僧侶が来た。その時、僧侶の姿に気づいたパンカーがお辞儀したんだ! こんなことアメリカじゃ考えられない。パンクっていうのはもともと反抗的で革命的なもの。アメリカのパンク・ロッカーだったら「このくそ坊主!」とでも叫んでつばを吐くよ!
——(笑)また近いうちに日本に行けると良いですね。あなたを待ち望んでいるファンは大勢いると思います。今日は長い時間どうもありがとうございました。
BM:オツカレサマデシタ(笑)。

その夜のコンサート
 ブランフォードのプレイは、さらに円熟味が増して威厳と落ち着きがあり、まさに彼がベテランの域に踏み込もうとしていることを強く感じさせてくれるものだった。緩急を自在にコントロールしながらバラエティに富んだステージ進行で、アンコールを含む9曲を披露。ハイテンションで激しく楽しく、時にソフトでしんみりと湿っぽくて密度の濃い音楽をホールに充満させた。そのステージから発せられる音の塊を受けとめたフランクフルトの聴衆は、4人のミュージシャンに対して惜しみない拍手と声援を送り続けていた。
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ベースのエリック・レヴィスは、ブランフォードの真後ろに立ちエネルギッシュなプレイを観せる。

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「力強いタッチと美しいサウンド」とは、ブランフォードが語ったジョーイ・カルデラッツォのピアノの魅力。新作にも収められている彼のバラード「ブロッサム・オブ・パーティング」では美しいクラシカルなプレイも披露した。

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ひょろりと背の高い弱冠18歳の新人ドラマー、ジャスティン・フォークナー。

新人ドラマー、ジャスティン・フォークナーの苦難
 怖いものなしの形相で激しい連打を観せたフォークナー。現在のジャズ界でトップクラスに君臨するクアルテットのドラマーにふさわしい実力と勢いを感じさせるそのドラミングに、フランクフルトの聴衆は大いなる喝采を送った。しかし筆者の耳は、どうしてもダイナマイトのように強烈な破壊力と有機的な暖かみを持ちあわせた前任者ワッツのプレイと比較してしまう。ここであえてひと言だけ言わせてもらうとしたら「ワッツの後釜を務めるのは楽じゃない」である。

 この夜のライヴで演奏された新作収録曲「ジャバウォッキー」では、まずブランフォードがアルトで吹きまくってからピアノ・ソロの時に舞台の後ろに下がると、続いてソロを弾き終えたカルデラッツォも席を立ち、舞台はドラムとベースのインタープレイに突入した。アルバムでは、この部分でワッツのドラムが冴え渡り、レヴィスのベースは控えめという印象だったが、この夜のライヴでは、新人ドラムに対して先輩ベースが主導権を握る。しばらくしてアルトとピアノが演奏に復帰すると、レヴィスがフォークナーに目で合図を送った。そしてエンディング。演奏が終わるとブランフォードが指鉄砲でフォークナーを狙い撃ちした。何をミスったんだ!? こちらにはまったくわからない。フォークナーは、「そんなつもりじゃなかった」というようなゼスチャーをバンマスに見せている。満員の観客は、そんなことにはおかまいなしで盛大な拍手を送った。この他にも、バラードをプレイした時のフォークナーは、まだ完全に曲の雰囲気をつかみ切っていない感じもあり、さらに別の曲では、ややスウィング感に欠けるドラムのスティックさばきに対して、エリックがけげんな顔を向けるという場面もあった。

 ライヴのあとでしばらく時間をおいてから楽屋裏を訪ねると、ブランフォードがドイツのツアー・プロモーターらと談笑していた。そこは演奏終了後の4人をもてなすために食事や飲み物が用意された部屋だったが、他のメンバーの姿が見当たらない。ほどなくしてジョーイが来た。彼はソファーに座って食事をほおばりはじめた。その後、10分ほど経ってエリックが姿を現した。彼は何も食べずに黙ってソファに座る。さらにしばらくしてからジャスティンがやってきた。新人は、ブランフォードらが談笑する中でひとりだけ浮かない顔をしている。この時、筆者が各々の顔色や様子をうかがいながら想像したことは、フォークナーはステージ終了後の即席反省会で特にエリックからたっぷりとしぼられたのではないかということ(繰り返すがあくまで想像である)。フォークナーは、これから世界を舞台に経験を積みながら幾多の試練を踏み越えて行くことによって、いつか堂々と羽を広げて大きく羽ばたくことだろう。こういう若く才能ある人材が明日のジャズ界を背負うのである。温かく見守って行きたいものだ。
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by ReijiMaruyama | 2009-06-30 23:04 | Musician / Interview