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第10回:奴隷制度のおきみやげ

 「あのことがなければ現代のような音楽の発展はなかったんじゃないか」という問い方が、カサンドラに対してかなり無骨な言い方であることは承知の上だった。1996年11月30日、デュッセルドルフでコンサート前のカサンドラ・ウイルソンを宿泊先のホテルに訪ねてインタヴューした時のことである。「アフリカの影響こそアメリカの音楽に固有のもの」と言うカサンドラの言葉を受けた筆者は、「あの悲しい歴史を唯一良い方に解釈するとすれば」と断りを入れた上で、あえて黒人奴隷制度にふれた先の質問を投げかけてみた。案の定カサンドラは、それに対してすかさず言い返してきた。「私たちはひどい仕打ちを受けたのよ。私たち黒人の中に重くのしかかっているのは、その暗く痛みに満ちた歴史なの」と。しかし、こちらの言わんとすることもわかってくれたのか、さらに次のような言葉を続けた。
 「でも…、その“痛み”の裏返しによって私たちはこれまで“美”を創造し続けることができたとも言えるわ」。
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Cassandra Wilson 2005年7月8日撮影

 いまでこそ名実共にアメリカの女性ジャズ・ヴォーカル界を代表するという地位を得たカサンドラだが、当時はまだ日本でも彼女の人気に火がつきはじめた頃だった。ブルーノートにレーベルを移して発表したアルバム『ブルー・ライト』(93年)に続く新作『ニュー・ムーン・ドーター』(95年)が好評で、そのアルバムで96年度のグラミー賞(ベスト・ジャズ・ヴォーカル・パフォーマンス)を受賞するちょっと前。ツアー中にドイツでテレビのトーク番組に出演するなど積極的なプロモーションを行っていたが、その彼女のインタヴューを取るのはなかなか厳しいとも聞いていた。しかしカサンドラは、この日のスケジュールがタイトになってきているにも関わらず、約束していた予定の時間をオーバーしながらこちらの質問にていねいに答えてくれた。

なぜ、そして何のためにあなたは音楽で表現するのですか?
 「私がなぜ音楽をやってるのかって? それ以外に方法がないからよ(笑)。他にチョイスがなかったの。小さい頃から私の周りに音楽が溢れていて、それは生活の一部だったのよ。クラシックも学んだし、父はギタリストでジャズを愛していた。母はモータウンが大好きで、兄弟はダンスが上手(笑)。私はカントリー、ブルース、フォークとかいろんな音楽を聴いて育ったの。それらひとつひとつのものが集まっていまの私の音楽を形成しているのよ」。
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ライヴでリラックスしてくるとステージの上でかかとがぺたんこのクツを脱ぎ捨てて裸足になる 2003年7月12日撮影

 聴く側だけでなく演奏する者の心も捕らえて離さないジャズの醍醐味は“即興”である。そしてそれは、楽器だけでなく歌についても同じだ。カサンドラもステージでどう歌うかということは前もって決めないという。「単調なのは嫌いなの。大変だけどいつもできるだけフレッシュにやるようにしているわ。昨日何マイルも離れた街の人たちの前でやったことと同じことなんて、やりたくないし出来ない。今夜のコンサートに来る人たちは、昨日コンサートに来た人たちとは違ったムードを持ってくるでしょう。日も違うし、今日は雨も降っているわ。人々のヴァイブレーションや、きめの細かさとか匂いや色といったものには、それぞれの街によって独特のものがあるの。だから私はコンサートの度に街へ出て、そこの人たちから得たムードをその日の歌に反映させるのよ」。

デュッセルドルフの聴衆をがんじがらめにした深みのある歌声
 その夜、カサンドラのライヴをはじめて観た。彼女が登場して歌い出すと、その瞬間にホールの空気が一変。聴衆は息をするのもはばかるようにしてじっと聴き入っている。まるでカサンドラの歌にがんじがらめにされているかのようだ。後にも先にもこのことが一番強く印象に残っている。しかしそんな重苦しい雰囲気の中で、蛇ににらまれたカエルのようにいつまでもじっとしていたら誰だって苦痛だろう。カサンドラもそれを承知しているようで2~3曲歌い終えると、「もうコンバンワってご挨拶したかしら?」などと言いながら笑顔を見せて観客の気持ちを和らげることも忘れていなかった。

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このページの写真は、いずれもオランダのノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルに出演した時のステージから この3枚は2002年7月14日撮影c0182910_4252396.jpgc0182910_4255714.jpg
 西アフリカ・ガーナのアシャンティ部族のことわざに「新月(New Moon)は病を治癒する」というのがあるそうだ。自由な発想とその独特の歌唱力により創り出されるカサンドラ・ウイルソンの音楽には、いわゆるヒーリング・ミュージックとはまた違った実に深い空間が存在している。それを一言でいうと、「思いっきり黒っぽい」。そして、それが何年経っても変わらない。彼女のように、自分らしさを追求し、それを前面に押し出した活動を続けるということは、すべてのアーティストが理想とするものであるにちがいない。

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by ReijiMaruyama | 2008-06-03 10:23 | Musician / Interview