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第9回:マイケル・ブレッカー

 2005年のノース・シー・ジャズ・フェスティヴァル(オランダ)にステップス・アヘッドが出演した。4本マレットを使うヴァイブラフォン奏者マイク・マイニエリをリーダーとするこのバンドのライヴは、事前のメンバー発表によればマイニエリ以下、マイク・スターン(g)とマイケル・ブレッカー(ts)というフロント組が、スティーヴ・スミス(ds)とリチャード・ボナ(b)のリズム隊をバックに共演するということで期待していたのだが……。
 70年代末に“ステップス”という名前で活動を開始してから四半世紀という長い歴史をもつこのバンドは、これまでメンバーが数多く入れ代わっても、マイニエリとブレッカーのコンビが“看板”だった。ところがなんと、この時はマイケルが欠けてしまった。マイケルは、その夏のヨーロッパ・ツアーを目前に控えた6月にニューヨークで行なわれたステップス・アヘッドのコンサート直前になって病気のためにリタイヤ。そのため、ビル・エヴァンス(ts,ss)が急きょ代役を務めることになったのだ。マイケルが患ったのは、「骨髄異形成症候群」という血液がんの一種で白血病に進行することも多い深刻な病気だった。
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Michael Brecker 2004年7月10日ノース・シー・ジャズ・フェスティヴァルで最後に見たマイケル

 現代ジャズ・サックスの最高峰と言われていたマイケル・ブレッカーは、その時からツアーの予定をすべてキャンセルして闘病生活に入った。1年後にはハービー・ハンコックのステージに飛び入り演奏するなどして容体は回復に向かっているとの報もあったが、病を克服するためには彼と完全適合する骨髄の移植手術が必要だった。その骨髄提供者(ドナー)をなんとか探し出そうと、マイケルの家族や友人、大勢のファンらが尽力するが、その努力も実らず、マイケルは、2007年1月13日に白血病のため他界してしまった。

印象に残るマイケルの言葉
 マイケルを最後に見たのは、その前年、2004年7月の同ジャズ祭に彼が3日間出演して大活躍した時だった(上の写真)。マイケルは、オランダのコンサヴァトリー(音楽学校)の学生達と一緒にクインデクテット(5管やストリングス・クァルテットなどを含む15ピースのバンド)でプレイし、アコーディオンやバンジョー、サンプラーなどを使ったオランダのモダン・クリエイティヴ・フリー・ジャズ・バンドのファーマーズ・マーケットとも共演。そして、ジェフ・ティン・ワッツ(ds)、クリス・ミン・ドーキー(b)、ジョーイ・カルデラッツオ(p)を従えた自己のクアルテットやソロ(独奏)・コンサートも披露し、さらにサックス・ファンを前にしてワークショップ(クリニック)まで行うという充実ぶりを見せていた。「ここ最近半年間ぐらいは、ニューヨークに住むブルガリア人のヴァイオリニストからブルガリアのフォーク・ミュージックを学んでいるよ」と筆者に打ち明けてもくれた。その時、「いまでも新しいことを学んでいるマイケルは、まだ50代でこれからますます円熟して行くだろう」と思わせてくれたのだ。
 そのジャズ祭のワークショップでマイケルが語った言葉の中に、いまでも印象に残っているものがある。それは、作曲について質問があった時に言ったこと。「曲のアイデアがあったら、そのまま放っておかないで“とりあえず”でもかまわないから最後まで仕上げた方がいい。そうしないと机の引き出しの中が未完成のアイデアだらけになってしまうよ(笑)」というものだ。筆者は、それを聞いた時に「“とりあえず”なんて、そんなやり方で良い音楽が作れるだろうか。良いフィーリングが浮かんでこない時に無理して曲を最後まで仕上げる必要なんてないのでは?」と思った。しかし後になってマイケルの重い病のことを知らされると、あの時の彼の言葉は、すでに自分の病に気づき、あるいはひょっとしたら、自分の死期がそう遠い先のことでないかもしれないとまで悟った上でのレクチャーだったのか、とも思えてくる。「人生、いつどうなるかわからない。いまできることを最後までやりなさい」ということをマイケルは暗に言いたかったのではないか、と。

マイケル・ブレッカー&パット・メセニー・スペシャル・クアルテット
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Michael Brecker & Pat metheny Special Quartett with Bill Stewart(ds/left) and Larry Goldings(org/right)

 こちらの写真は、2000年7月14日のノース・シーのステージ。この年の夏はパット・メセニーとスペシャル・クァルテットを組んでヨーロッパをツアーした。ドラムはビル・スチュワート(写真左)、オルガンがラリー・ゴールディングス(同右)というベースレスのバンドだった。

そのライヴの後でラリー・ゴールディングスに聞いた
——オルガンのペダルでベーシストの役目も果たすあなたは、演奏中とても忙しそうですね?
ラリー・ゴールディングス(以下LG):忙しいけど楽しいよ(笑)。でも「ここでベーシストがいてくれたらなぁ」と思うことが時々あるのも事実だね。それにピアノを弾きたくなることもあるよ。だけどこの編成(ベースレス)では、ピアノでベース・ラインまでカヴァーするのはちょっとキビシイ。だからペダル・ベースが必要なんだ。
——マイケルについて一言お願いします。
LG:マイケルは天才だよ。彼は僕のフェイヴァリット・ミュージシャンのひとりなんだ。僕は、以前からジェイムス・テイラーやポール・サイモンのアルバムなどでマイケルの演奏を聴いていた。でも彼と一緒にプレイできるなんて思ってもみなかった。その頃はマイケルのことをポップ・サックス・プレイヤーとして聴いていたんだ。自分とは違ったシーンにいる人だと思っていたんだよ。
——パット・メセニーについてはどうですか?
LG:僕にとっては、パットは、マイケルと共にもう1人のヒーローだ。僕がジャズに興味を持ちはじめたのは12歳ぐらいの時からだけど、パットの音楽はそれよりもっと前から聴いていた。だからこのバンドは、僕にとっては、まさに“ドリーム・カムズ・トゥルー”なんだよ!

ブレッカー・ブラザーズ
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Brecker Brothers The Return of the Acoustic Band

 2001年7月15日、ブレッカー・ブラザーズ・アコースティック・バンドでノース・シー・ジャズ祭の最終日に出演。この時は、兄のランディー・ブレッカー(tp)、弟マイケル、デイヴ・キコスキー(p)、ピーター・ワシントン(b)、カール・アレン(ds)というメンバー。

ディレクションズ・イン・ミュージック
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Directions in Music Celebrating Miles Davis & John Coltrane
Herbie Hancock/Michael Brecker/Roy Hargrove


 60年代の中期、ハービー・ハンコック(p/1940年生まれ)は、マイルス・デイヴィスのクインテットでプレイしていた。マイケル・ブレッカー(ts/1949年生まれ)は、その頃、多感な10代でマイルスやコルトレーンのレコードを愛聴していた。そして、ロイ・ハーグローヴ(tp)が産声を上げた時(1969年)には、ジャズの偉人コルトレーンはすでにこの世を去り、マイルスはエレクトリック化への新たな旅立ちをはじめていた。ジャズの世界では祖父、父親、息子のような3世代のミュージシャン、ハービー・ハンコック、マイケル・ブレッカー、ロイ・ハーグローヴの3人は、2001年の秋にジョン・パティトゥッチ(b)とブライアン・ブレイド(ds)をバックに、マイルス&コルトレーン生誕75周年企画ライヴをトロントで行い、それをレコーディングしたアルバム『ディレクションズ・イン・ミュージック~マイルス&コルトレーン・トリビュート』を2002年5月にリリース。そしてその夏、ジョージ・ムラーツ(b)とウィリー・ジョーンズⅢ(ds)というリズム隊ふたりを加えてヨーロッパをツアーした。写真(上と下)は、2002年7月12日、ノース・シーの初日に出演した“ディレクションズ・イン・ミュージック”のステージ。
 そのライヴは、前述のアルバム収録曲を中心に進み、最後は“未解決”の雰囲気を持つチューンで終了。それはまるで、完結すると思って観ていた最後の最後に“つづく”の3文字を見せられたような、マイルスとコルトレーンの音楽は「永遠につづく」とでもいうような見事なカット! マイルスとコルトレーンに対するハービーとマイケル、ハーグローヴらの愛情の深さを感じさせてくれる上質のライヴだった。マイケルが行った「ナイーマ」独奏では、どっしりとした太い低音、つやのある中音、それにハイ・トーンのフラジオが唸り、途中でこれは究極のスケール練習か? と思わせるような素早い登り下りのパッセージや微妙なビブラートで見事にコントロールされたしっとりトーンなどをたっぷりと堪能させてくれた。
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 マイケルが死の直前まで制作作業を続けて完成させたという遺作アルバムは、彼が残した作品の中でも最高傑作との評価を得てグラミー賞も受賞した。
 そのタイトルが『聖地への旅』(原題:Pilgrimage)というのは、なんともファン泣かせである。

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by ReijiMaruyama | 2008-05-15 13:03 | Musician / Interview