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第2回:メイシオ・パーカー

 4~5才頃にピアノを弾きはじめたメイシオ・パーカー。両親は教会でゴスペルを歌い、伯父は地元のブルース・バンドで活躍するという音楽一家に育った。小学校時代に、トロンボーンを吹く1つ年上の兄と、ドラムをプレイする1つ下の弟メルヴィン、それにいとこらを加えてバンドを結成して伯父が出演するクラブで演奏活動を開始。マーチング・バンドの行進に憧れて12才でアルト・サックスを手にし、さらにハイスクールでテナー・サックスをプレイするようになる。そしてフルートも吹きはじめたカレッジ時代、1962年のある夜、弟メルヴィンが地元のナイト・クラブで演奏していると、ジェイムス・ブラウン(vo)が食事を取るためにその店へふらりとやってきた。
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Maceo Parker

さて、ファンクの帝王JBは……
 まだカレッジの学生だったメルヴィンのドラムの音に惚れ込んだファンクの帝王JBは、「オレのバンドに入る気になったら訪ねてこい。お前ならいつでも雇ってやる」とメルヴィンに言い残してクラブを後にする。この時メイシオは、別の場所でギグを行なっていたのでその場には居合わせなかったが、その1年半ほど後の64年に弟メルヴィンの紹介でメルヴィンと共にJBのバンドに加わることになる。JBは、初対面のメイシオに「バリトン・サックスを持ってるか?」と聞いた。その時、「はい、持っています!」と答えたメイシオは、実はバリトンを持っていなかったが、何とかそれを工面してめでたくJBバンドのメンバーとなり、65年にJBの「Papa's Got a Brand New Bag」でバリトン&テナー・サックスを吹いて初レコーディング。以来、約20年間に渡って帝王の“お気に入りホーン・プレイヤー”として活躍した。この間に彼のサックスは、バリトンからテナー、そしてアルトへとサイズが縮まり、いまでも時々フルートをプレイする以外は、アルト一本槍である。

 メイシオ・パーカーは、ノースカロライナ州キンストン生まれ、現在もキンストン在住。昨年は、ドイツのWDRビッグバンドと共演したソロ14作目となるライヴ・アルバム『ルーツ・アンド・グルーヴズ』を発表した。今年のバレンタイン・デーに65回目の誕生日を迎えたメイシオは、今日も精力的なライヴ・パフォーマンスを観せてファンの腰を揺らし続けている。名実ともにファンク・ホーンの第1人者である。

 今から8年ほど前の2000年7月30日にドイツ・ルール工業地帯の小都市ボッフム(Bochum)でコンサートを行なったメイシオ。そのライヴの2時間ほど前に撮影したのが上の写真。この時のインタヴューの内容は、同年末に発売された雑誌「JAZZ HORN 2001」(ジャズライフ別冊)に掲載されたが、ここではその誌面に収まりきらなかった話を最後にひとつだけ。

メイシオが70歳を祝うコンサートでプレイするバラード!?
――あなたの人生はサキソフォンとファンキー・ミュージックで明け暮れているんですね?
メイシオ・パーカー(以下MP):その通りだよ(笑)。
――ハービー・マン(fl)は、今年70歳になりましたが、つい最近ヨーロッパをツアーしたんです。
MP:本当かい!? ふぅーん(と感心している様子)。
――あなたは現在57歳ですが、70歳の自分を想像出来ますか? いまから13年後です。
MP:君にそう言われて自分の年を実感したよ(笑)。そうだなぁ…。その時に体力的な限界が来ちゃっていたらどうしようもないが、ファンの要望があってライヴのチャンスが与えられる限りはプレイし続けていたいね。
――「メイシオ・パーカー70歳を祝う」というコンサートが行なわれる時は観に行きます(笑)。
MP:(笑)その時は、ホリデイ・イン(ホテル)みたいなところでドラム/ベース/ピアノのトリオをバックにバラードでもやろうかな。(そう言って指を鳴らしながらスローなスウィング調で歌いだす) ♪Shake everything you've got~♪ ってな感じで。ハハハハッ!

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by ReijiMaruyama | 2008-02-16 14:45 | Musician / Interview